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2005.11.28 Monday
吉川栄治文学論
今日はいつもと同じく仕事があり、終わってから神戸へ行ってました。今夢中の吉川栄治著の『江戸三国志』を読んでました。三巻あるうちの一巻をようやく読み終わり、淳久堂本店で二巻を買いましたが、なんと九百二十四円もしました。その内容の要約まで少し複雑すぎて僕には出来ませんが、いままで読んだ吉川栄治シリーズの中でも屈指の面白さで、食い入るように没頭して読んでいます。しかし一つ思ったのはおんなじ本でも神戸で読むのと大阪で読むのではその内容の読解が少し違うということです。書き物をしているときも思うのですが神戸と大阪ではその文体まで変わってきます。大阪はその奥深くまでわかり、神戸は広く浅くわかるとでもいいましょうか。だから僕にしてみたらおんなじ本でありながら二通りの味わいを楽しんでます。どちらがいいかは一概に言えず、それぞれ味わいがあります。しかし吉川栄治は時を経たいまでも国民文学と称されるように、独特の美しい文体で没頭したら病みつきになります。東京圏のほうでは国民文学かもしれませんが,大阪圏では「江戸っ子の粋とはなんぞや」と知るには格好の文学だと思います。いわば「男の文学」といえます。ただ女性の揺れる感情の機微をうまく捉えていて、女は男を立てるものというように書かれてはいますが、決して女を差別したりはしていません。いやそれどころか現代日本の女が男をなめて、バカにする風潮へのアンチテーゼとして痛快な文体を味わせてくれます。それゆえに現代日本、特に大阪圏では古いとか時代錯誤とか言わずに、吉川栄治をもう一度読んで見られると男の生き様というものが見直せます。大阪圏では女が強すぎます。男がダーティーすぎます。あの空手の巨匠大山倍達のことを描いた梶原一騎の名作「空手バカ一代」の歌の歌詞に「醜い利口になるよりは きれいなバカで生きてやる」というものがあります。これはまさに東京が大阪を高みから笑っているような歌です。しかし時と場合によったらこういう封建社会を賛美するようなセリフも、自由平等社会を批判するアンチテーゼとして僕たちの心を揺さぶります。
さてどうでしょうか。ちょっとした文学論になったでしょうか。そういう僕もこの「江戸三国志」を読み終わった後は少し考え方も変わっているかもしれません。そのときが今から楽しみです。
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2005.11.26 Saturday
しゃれ好き二人男
今日は仕事の休みの日でしたが、母親が長野県善光寺へのバス旅行に行っていて、実家が米屋である僕は店番をしなくちゃならず家にいました。家にいるのなら友達を読んでいいと許しを得たので、仕事の仲間の先輩を家に呼んで将棋や作詞をしました。僕の作った詞をここに掲載すると
今日は友達が家に コーヒー、パンに、音楽鑑賞
暇つぶしの楽しい時間 一人でいる充実した時間とも違う
コーヒーにクリープを入れたような こくのある格別なテイスト
二人とも四十を越したミドルエイジ 女の話でバカ笑いも
加えて二人とも大のしゃれ好き ギャグの応酬止まらない
ここに女でもいたらなあと思う 残念ながらそっちの方では二人無縁
現代人が最も求める健康的色気 それ感じれたら他に何にもいらない
というものです。まだメロディーがつかなきゃどうなるかわからないけど
女に無縁の二人がしゃれを言い合って馬鹿笑いし、ストレスを解消している様を垣間見ていただけたらと思います。、
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2005.11.25 Friday
紅葉狩りと告白
今日は作業所の行事で、仕事を終えた後京都の清水寺に紅葉狩りに行きました。花金で道路は渋滞していたのでバスには乗らず、阪急四条河原町から歩いてゆきました。三十分ほど歩いてちょうどいい運動になりました。さてその清水寺ですが上空に青いレーザー光線が走っていて、そして赤い紅葉がライトアップされてとても美しく芸術的でした。五重ノ塔も聳えていて、世界遺産でもある法隆寺の五重ノ塔とどちらが高いかなと比べてしまいました。ちなみに戦争で消失しなければ大阪四天王寺にある五重ノ塔のほうが法隆寺よりさらに古いものだったということを雑学として覚えています。しかしやはりカップルで来ている男女が羨ましく、特にミニスカートに網タイツなんてはいている女性を見かけると思わずそれに目がいってしまいました。もう師走を間近に控えて冷え込むかなと思ってしましたが、案外歩いていたらちょうどよい気温で、厚手のジャンバーを着て梅田の地下街などを歩いていると反って暑くさえありました。
さて明日は神戸の喫茶店で狙っている娘にお茶を誘って見ようと思っています。うまく行くでしょうか。前にも言ったようにもうすでに二言、三言話してつばをつけている娘で、僕がその茶店に行けば会釈をしてくれるという仲です。後は僕のほうから告白のアクションをかけるかどうかで恋愛劇が幕を開けるかどうかがかかっています。いまから考えても心臓がバクバクいっています。どうか、神様、仏様、お天道様。僕の願いをかなえてくださいとおすがりするばかりです。
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2005.11.24 Thursday
友達の輪を広げる
今日は作業所が終わった後、その近くにある同じ作業所仲間の家に行ってコーヒーをご馳走してもらいました。そして彼の家には遊ぶゲームもなんにもないというので、それが揃った作業所へ戻りオセロをしました。その対戦結果は一勝一敗でした。それから自転車に乗り西のほうにあるユニバーサルスタジオまで散歩に向かいました。しかし距離的にも遠すぎるし、時間的にも帰り暗くなってしまうということでその道中にある僕の家に寄りました。今度はこちらがココアをサービスし将棋をやりました。これは彼は初心者で僕の相手になりませんでした。何かやることがないかと思案していたら、彼は飲み終わったコーヒーカップをデッサンしたいといいました。いい遅れましたが彼はデザイン専門学校にも通っていた芸術屋です。早速紙と鉛筆を渡し、僕も同じようにコーヒーカップをデッサンし始めました。それが出来あがった後僕の似顔絵を描きたいと言い出しました。「ずっとポーズをとっとかなきゃならないだろ」と聞くと、「そうでもないよ」といったので、しばらくの間動きを最小限にとどめ、描いてもらいながら僕もコーヒーのペットボトルをデッサンしました。今日は何の変哲もない一日でしたが、友達の家へはじめて上がらせてもらい、こちらの家にも上がってもらったことがちょっとした変化といえば変化でした。友達を作り人間関係を広げていくということは大切なことですよね。これまでの僕の人間関係というのは、狭く、深くでした。しかしこれを仕事にまで繋げていくためには、広く、浅くという人脈作りも必要なことがわかりました。別に何も話はしなくてもただ挨拶をするだけの人も、人間関係といえば人間関係です。こう頭ではわかっているのですが、僕の場合なかなか上手く行かないのが現状です。誰か人間関係をうまくやっていくための秘訣などあったら教えてください。
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2005.11.22 Tuesday
視力回復2
一昨日から中学数学の計算ドリルをやり始めました。これは去年の夏ごろ話題になった「大人のドリル」を真似た、僕独自の頭の体操みたいなものです。中学数学の中でも計算を主眼においた1,2,3年それぞれ別冊で書き込み形式のドリルです。しかしやってみると僕も老眼が始まってきて小さい、細かい字が見えにくくて、時々目が泳ぐことがあります。しかしこれをやっていると目もよく見えてくるようになるし、単に数学の計算的能力のみならず、並行してやっている英語学習や新聞学習にも相乗効果が出るものと期待しています。一年半ほど前に腰を痛め、それまでやっていたジョギングや山登りが出きなくなってしまったゆえ、いまは無性に勉強して自己啓発してゆきたいという思いがあります。しかし視力回復もやっているのですが、ほんと目をよくしようとすることは至難の技ですね。やり始めて七年足らず、来年の二月には八年目を迎えようとしています。老眼がこれ以上進んだら、本も読む気もしなくなるとうわさでは聞きます。十七年間メガネにはお世話になり、それをはずして新たなる生活をしているのです。いろんな弊害もあります。しかしもう乗りかかった船、いまさら後へは引けません。それに良い運動としてはウォーキングが適しています。しかしウォーキングも僕が遠くのほうの看板を見て焦点を合わしてるゆえ、それを覗き見している人間の「このオッサン何してるんや、あほとちゃうか」というようなささやきが聞こえてきます。しかしやりたい。視力を回復するということは、頭脳を明晰にするということにつながると視力回復の著者が語っています。しかし視力回復なんて現代日本で行うことは極めて至難で「あほ」なことやと思っている人間とは、戦わなければなりません。メガネやコンタクトをしている人間には、目が悪くても裸眼で過ごそうという人間は脅威なようです。そういう人間は覗きや盗み見を否定しているからです。しかし確かに目が悪いのに裸眼で過ごしている者も、メガネやコンタクトをしている人々のお世話になっていることも確かです。しかしそんなことはまったく話題にものぼらないかもしれませんが、日本は人口のパーセンテージからいってメガネやコンタクトをしている比率は明らかに世界一です。これはどう考えても目の健康ということからすれば、日本という国は世界最悪と言えます。目が悪いというのは遺伝もあるようですが、大半は文明病といわれる糖尿病などと同じの生活習慣病といえます。しかしこれも同じく一度なったら回復させるのには至難の業のようです。しかし視力は回復できなくとも、目の健康は努力次第で回復出来ます。コンピューター、車などメガネやコンタクトをするという口実のためにいろんな文明の利器が誘惑してきます。これから誘惑に打ち勝ち見事心身ともに健康に生きている人々が、もっとも幸せなように僕には見えます。果たして僕の思索は間違っているのでしょうか?
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2005.11.21 Monday
耐震構造計算書偽造問題。
今日の一日はまあこんなものかなという一日でした。作業所が終わった後家に帰り、風呂に入って、飯を食うと睡魔に襲われ、そのまま二時間ほど眠ってしまいました。そして七時に起きニュースセブンを見て今日一日の世の中の動きをチェックしました。主だったニュースはなんと言っても姉歯建築士の耐震構造計算書の偽造問題です。調べによると震度5強程度の地震で崩壊する恐れのある建物が、十三棟にものぼるそうです。しかし一つ疑問はそれが発覚したその日に姉歯氏宅にマスコミが押しかけてインタビューしてから、彼はどうしているのでしょう。何しろ高額なお金の支払いと住民の生活を強制的に変えさえるという大きな問題を抱えているゆえ、彼の責任は重大です。それゆえ事件が刑事的に一段落するまで雲隠れしているのでしょうか。まあそちらのほうが賢明といえば賢明です。二十年ほど前にお年寄りを対象に錬金術というマルチ商法で金を騙し取った豊田商事の社長の事件がありました。彼はマンションの一室に立てこもり、大勢のマスコミがいたにもかかわらず、そこを右翼か暴力団の刺客が日本刀を持って乱入し殺害された事件です。ああいう事態を避けるためにも姉歯建築士は、警察からも騒ぎが落ち着き解決の展望が立つまで姿をくらますよう指示されているのかもしれません。事件が発覚してすぐのマスコミによるインタビューには、「そうした方が建築コストが抑えられるというからやってしまいました。」と嘯くこともなく答えてました。しかしもしそれが自分の住むマンションであったらどうしたのでしょうか?その辺を聞いて彼の反省の色を知りたいと思います。また彼は大衆の見せしめとしてマスコミの前に立たされましたが、調査によると耐震構造の計算書で耐震基準どうり建設されているビルは三十パーセントに満たないといいます。ということは姉歯建築事務所だけにかかわらず、コストダウンのために手抜き工事に等しいような構造計算書で通している建築事務所が他にもあるようです。それを公表したらあちこちでパニックになるゆえしないのでしょう。建築事務所もこの事件に懲りて少しはごまかして金をせびり取るのは慎むべきでしょう。
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2005.11.19 Saturday
第一段階完了
今日は神戸に行きましたが、今一つさえない一日でした。その中で唯一救いだったのが、今狙っている喫茶店のウエイトレスに話しかけれたことでした。彼女が僕が陣取っている二階のフロアーに一階から食器を片付けに上がってきた時でした。ちょうどその返却カウンターの横にセルフサービスの給水器があり、そこへ水を入れに行くという理由をつけて汲みに行き、話しかけたのです。最初は「この水おいしいね。浄水器やね。」とさりげなく切りだしました。彼女がこちらを振り向いて話しかける状態になったら、「コーヒーのサイズでS,M,Lとあるうちどれが一番売れてる?僕はSで十分やけど、」ときくと、「Sが一番よく出てます」と返ってきました。「そうやろ、僕もこの体ながらSで十分やわ。Lなんか飲むやつの気がしれんよ。」と返しました。するとクス、クスとかわいい声で笑い返してきました。だから最後に一発、人によったらそれはよけいかもしれんよといわれそうですが、「Sでえーすよ」といって去り際にしゃれを言ってそこから立ち去りました。自分自身も共感笑いをとるため笑っていたので、彼女がどう反応したかどうかよくわからずじまいでした。この体験が今日の神戸での唯一の楽しかったことで、後は全部調子が悪く面白くないことばかりでした。しかし何とかもう顔をあわせたら挨拶する仲になってしまいました。第一段階は終わったのです。次はいよいよデートに誘う段階です。どんな言葉で決めれば彼女は首を縦に振ってくれるのか、いまの時点ではまったくわかりません。ただ前はそうしていた、「僕は男だから彼女をリードし守ってやるために何か話しかけねばならない」というような気負いはせず、対等な男女の駆け引きなんだと敢えて自分の不得意な誘い方で、誘ってみようと思っています。その理由はいままで「男が・・・男が・・・」と強調しすぎて、反って女を怖がらし、失敗し続けているからです。むしろはじめは友達同士仲良くなるというところから、そしてそれからお互いに惹かれあってその欲求が頂点に達したときに、抱きあえたらなと思います。現代は時間に追われたスピード化時代のアンチテーゼとして,スローフードやゆっくりジョギング,ウォーキングなどスロー文化というものが見直されてきています。あの女を「その日のうちに食べちゃったよ。」という男中心のセックスも魅力的でなくはないです。しかし中には「やっとキスまで行って、そして抱き合って、ペッテイングまで行き、ようやく結ばれたよ」という今時では珍しい、スローな付き合いもいいかなと思います。しかしいくら想像をたくましくしても、第二段階のデートに誘うところをクリアして、付き合う段階まで行かなければ事は始まりません。とにかく失敗してもくいのないよう精一杯努力してがんばりたいと思います。
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2005.11.18 Friday
福祉大会
今日は作業所から参加した大阪市此花区の福祉大会に、コーラスで出演しました。開会の放送が流れてその後ろで別の団体がリハーサルしているためまだ幕の緞帳が下りていない舞台で、十五分間ほど手話付きでわれわれ作業員とボランティアの皆さんでコーラスを披露しました。僕は歌はまずまず覚えているのですが、手話がぜんぜんだめで、前で手話を兼ねて指揮もするコーラスの先生の手話を少し遅れてまねしつつ、歌声だけはみんなをリードする声で何とか乗り切りました。披露した歌は、「ハロー、ハロー」と「我等が作業所グリーンハウス」と「もしも明日が」でした。ちなみに真ん中の「我等が・・・」は僕が作詞した曲です。その一番をここに紹介します。
グリーンハウス 我等が通う小規模作業所
此花区高見町のはずれ 路地の最中に建つ一軒家
指導員Uさん 口を開けば阪神のこと切り出す 大のトラ吉
同じくNさん メンバーより若いのにその面倒を見る kind gal
そしてOさん 仕事しつつも四方山話 作業所のお母さん
この人たちに支えられ、グリーンハウスは今日も建つ
というものです。二番以降は指導員さんの紹介のところにメンバーの紹介が入り現在四番まで出来ていて、計十二人が紹介されます。
さて僕は将来作詞家になりたいという大きな夢を持っていて、いま作業所に通いながら日々研鑽しています。何か目標を持つというのは毎日毎日の励みになり、がんばる意欲がわいてきます。時々怠惰に流されてサボる日もありますが、そういうときにも自分の見えないところで努力を積んで頑張っているライバルの存在を忘れずに、いい意味での競争をしていきたいと思います。
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2005.11.17 Thursday
ジャンボカラオケ
今日は仕事終わった後神戸へ出て、ジャンカラへ行ってきました。すると受付の女の子が限定販売を行っている三百八十円のマロンパフェが後五個になり、どうぞなくならないうちにいかがですかとしきりに勧めます。その猫なで声で勧誘され、ついその甘い声に負けて頼んじゃいました。しかし出てきたら何のこともないメニューに載っているのよりは小さい甘栗が一個気持ちだけ乗ってあるだけで、アイスクリームとホイップクリームとチョコレートソースはかかっていますが上から見えるところだけで、後大半はコーンフレークでした。あれは明らかにジャンカラにしては三百八十円と価格を高価に設定し、「安かろう、悪かろう」でなく、その味で勝負した一品でしょう。しかし少なくとも僕は満足出来ず、期待はずれでした。しかしこのジャンカラ、料金も三十分飲み放題、歌い放題で百四十円ととりわけ安くて、近辺に進出され影響を受けたたカラオケ屋は次々に看板を下ろし、まさにカラオケ界の革命的役割を果たした店舗です。ルーム料金が安いばかりでなく食材にもこだわっており、ほとんどの料理が二百八十円均一で統一されています。それゆえサラリーマンが昼休みに三十分ルーム料金百四十円を払い、二百八十円の食べ物を頼んで、飲み物は飲み放題そして気晴らしに一曲か、二曲歌ってチェックアウトという使い方も出来、しかも四百二十円ぽっきり。まさに喫茶店にもなり、ちょっとした料理屋にもなり、しかも外部からは見えない自分だけの空間でくつろげます。ほんとそこで働いている若いアルバイトも階段を駆け上がり、駆け下りて、現代の日本の不況どこ吹く風というほど元気です。僕たち中年かっこよく言えば壮年も、こんなヤングマンに負けず仕事にプライベートにがんばってゆきましょう
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2005.11.16 Wednesday
NHKアナウンサー、松平定知さん
今日は仕事を終えてから家に帰り、一風呂浴び夕食を食べてから新聞をゆっくり読みノート整理するつもりが、睡魔に襲われ七時まで眠ってました。それからNHKのニュースをいままで見てました。また九時十五分から始まる「その時歴史が動いた」が楽しみです。何が好きかといって歴史に対する興味ももちろんあるのですが、そのナレーションを務める松平定知さんのしゃべり方がかっこいいと思います。さすがNHKのアナウンサーという感じですが、決して驕った風もなくきわめて謙虚です。けれど戦国武将の智勇に長けた行動などをナレーションするときには、その声を聞いているだけでそのBGMと相伴って、本当臨場感あふれる語りを聞かせてくれます。 僕もあんなしゃべり方をしたい。そうすれば女にもてるばかりでなく、男からも尊敬のまなざしで見られることでしょう。そのためにはもっと勉強をし研鑽を積んで、これから身に降りかかるいろんな問題を解決していかねばいけないと思います。それと自分の精神病との闘病の中で壊していった精神的感覚の傷口を縫い、学生の頃あったような健康状態に戻さねばいけません。これが僕にとっては一番の課題です。僕も髪の毛の前面が後退し始め、持病の腰も悪化し、老化が始まっています。これは精神病との闘病の中で、無理しすぎたからです。もう若くないゆえ健康には留意して、「無理をせず、されど怠けず」をモットーにこれから生活して行こうと思います。
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2005.11.15 Tuesday
アクセスカウンター
今日は仕事休みでした。それはさておき、僕もアクセスカウンターを作りたいのですが、誰か教えてもらえる方いらっしゃいませんか?インターネットサポートセンターの夜間受付にも電話してみたのですが、そのインストラクターもやったことがなくわかないといわれ、昼間の通常受付を利用してくださいといわれました。自分のブログがどれだけの人に読まれるかわかるのは、励みにもなりまた反省にもなります。それと僕のブログはカテゴリーごとに整理されていず、まるで殴り書きのメモ帳のようです。これも近々整えないといけないと思うのですが、なかなかその気にはなれない無精者です。しかし勉強することは好きなほうなんですよ。ただ無精かつ横着者で細かい作業をやっていると頭がいらいらしてくるのです。目が悪いせいもあるでしょうね。細かい字ばかり見ていると幻聴まで聞こえてきます。「お前アホやろ。こら。こんな字も見えないのにええかっこすな」というようなささやきが聞こえてきます。これは精神障害者である僕特有のものでしょうか。他に経験ある人もいるのなら教えてください。お互い情報を交換しあって少しでもそれを解決していくよう建設的な友達になりましょう。一つのブログの中に二つも注文をしてしまって、あつかましいかもしれませんが、これもブログならでは出来ることでしょう。どうかお願いします。
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2005.11.14 Monday
新聞学習(NIE)
今日は作業所が終わった後、おとなしく家でいました。仕事場から少し行ったところにホルモン焼き屋があり、そこで百グラム百五十円のホルモンを買って食べました。そして家に帰り一風呂浴びて夕食にしました。今日はカレイの煮物に卵とほうれん草をスクランブルして焼いたおかずと、お茶碗山盛りいっぱいのご飯でした。そしてその後新聞学習(NIE)をしました。新聞をスクラップするのも、後からそれを開いて見たりする人には楽しみかもしれません。しかし僕のような無精で整理するのが不得手な人間には、アンダーラインを引っ張ってノート整理するほうがはるかに楽しく勉強になります。アンダーラインを引っ張って読むとただ流し読みをするときより、頭に記憶され、記事を読む際のインボルブ(熱中する)がぜんぜん違います。さらにその要約して線を引っ張った文章をノートに書き込むという作業によって、頭の記憶中枢を刺激して頭に叩き込まれます。やりだして最初の頃は僕も学生だった頃より観察力が落ちていて苦労しました。二、三行の文章を写すにも読んだらすぐ忘れて何度も新聞とノートとの間を行き来せねばならず、そういう情けない自分を見るにつけ自虐感に苛まれました。しかし慣れたと言うか継続していたら記憶力や集中力が高まったのか、それらの間の往復が少なくなりました。何かもっと続けているとさらにその能力が向上していきそうな予感がし、ほんと毎朝新聞を見るのが楽しみです。ほんとこのNIEの発見により、自分自身の勉強の仕方にとってエポック・メイキング(画期的)な革命となりました。それまで流し読みしていて世の中の情勢について先取りできなかった自分が、人と会っても新聞記事を話題に出来、いっぱしの大人になった気分になりました。確かにおんなじことがテレビでも放送され、そんなに新聞をよく読む必要がないという人もいるかもしれません。しかし新聞を読みテレビを見ると映像もいっそう詳しいフォーカスで見れて、テレビニュースの時間まで楽しみになります。新聞は読まなきゃいけないと思いながらも、努力してもいまいち頭に入らず、やがては読まなくなってしまうという人にこの僕の勉強方法を勧めます。そうすれば必ず自分自身の知的能力が向上して、日々の生活が楽しくなります。是非たっぷりその喜びを味わってください。
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2005.11.13 Sunday
パラドクス
男というもの自分のことが好きだといってくる女より、「あんたのことなんか嫌いよ。」と言い、知らん振りしつつ自分の姿を見せて視線を横切ってくる女のほうに感じてしまうというパラドクス。これに悩まされる。ひとりHの時は大体こういうタイプをおかずにする場合が多い。しかしあまりされすぎても男の目が横切られ、見せつけられると言うショックに、焦点が合わなくなり目を悪くさせてしまうことになる。しかし男としてもそういう遊び女(プレイガール)はたとえレイプされてもかわいそうだと思わない。単なる性の道具としか考えないからである。「ざまみらあ」と男の目を悪くしているゆえ、天の怒りが下ったのだとすら思う。現代日本男の半分以上がメガネやコンタクトをしている。老眼をかけなければ日常生活に支障を来たすと言う老人なら仕方ない。また車やコンピューターの普及により、メガネに頼らざるを得ない文明化と言う現状もある。しかしメガネの普及率世界一の日本。どう考えても男の目を悪くしたのは、そういう女の視線横切りのせいと思われる。そしてそれは暗数として闇から闇へ葬られる。女は男の目を悪くさせたのは自分自身なんだと自覚し、それに対する懺悔と罪滅ぼしをして欲しいものだ。さもないと男のセクハラやレイプは一向になくなりはしまい。「情けは人のためならず。」男の目を悪くすれば結局女の幸せにもならぬと言うことだ。
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2005.11.12 Saturday
将棋
今日は僕を知る人ならご承知の神戸へ行って来ました。今日のスケデュールも電車の中の漫画読み、喫茶店での新聞学習(NIE)、そごうの階段踊り場での吉川英治の「江戸三国志」読書、そして三宮から大石までのウォーキング、御影の将棋クラブでの将棋、そしてその近くの喫茶店での書き物と進みました。その中で今日楽しいと思ったのは将棋クラブでの、そこの常連のおじいちゃんとの将棋対極です。二番しましたが一勝一敗でした。そして終わったあとそのおじいちゃんは僕に名刺を差し出してきたので、僕もこないだ作ったばかりの名刺を交換しました。さてその将棋のほうですが一局目は、そのおじいちゃんは振り飛車党で四間に振ってくるので、僕は居飛車矢倉の変化形で迎え撃ちました。最初は向こうが角交換を仕掛けてきたので応じました。そして金が3三に上がったので思い切って相手飛車の斜め後ろ3一に角を張り、2筋から五段まで伸ばしていた歩を突いてゆきました。しかしこの手は飛車を中央に回られ、その後3三にあった金が下がって来られました。こちらは2筋の歩をつき捨て、相手の陣形を崩すべく5三に角をなり捨てました。しかしこの作戦はしっかり読んだものではなく、「こんな手はないものか」とあまりにも漠然と作ったものだったので、失敗に終わりました。序盤から角損をし、その相手の陣形もこちらが次に攻撃するに有利に駒が浮いてなかったので、「負けました」と投了しました。二番目もおんなじ四間飛車対矢倉の変化で火花が散りました。今度は最初とはまた違った変化になりました。相手の角と僕の飛車を交換して、向こうは二挺角で攻めて来ました。これがしかし5五に歩を突いて、5四に居た角の頭を攻撃しました。そうすると3三に居た角が5五に来たので2八の飛車を5筋に回り角くれと行きました。再び角を3三に引いたので5四の角を飛車で切りました。この辺から相手のミスもあって僕が有利になり、最後は5筋の二段で詰め上げました。前も言いましたがそのおじいちゃんは若い頃は二段の実力を持っていたといいます。いつも負け越していますが、今度は四番やったら二番は勝って、実力をイーブンに持ってゆきたいものです。今日の調子は絶好調とまでは行きませんが比較的調子がよかった影響か、次ぎ行った喫茶店での書き物も調子よくペン先が走りました。
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2005.11.11 Friday
作業所とメリークリスマス
今日は仕事を終えた後、僕が通っている作業所の行事でコーラスがありました。「ハロー ハロー」と「我等が作業所グリーンハウス」と「もしも明日が」を歌いました。「我等が・・」が以外は手話付きで、その三曲を来週金曜日にある福祉大会という催しでオープニング出演するので、みな熱心になって練習しています。当初の予定では「夜空のムコウ」も入っていたのですが、歌うのは作業員ばかりでなくボランティアのおばさんたちも来るので、それは難しいと言うことでカットされました。そしてこれとは関係ないのですが、僕のプライベートでやっている作詞のはめ込み曲の楽譜の進行がわからないので、そのコーラスの先生に教えてもらいました。詳しいことは知らないのですが、その先生はオペラ歌手が本業で、声楽やピアノ教室を家でやっていて、作業所にはボランティアで教えに来てくれているようです。僕は四十、その先生は五十で、もう家族も持っている方で、もし独身ならぜひともお友達になっていただきたかった素敵な方です。そして福祉大会ですが、僕は歌はある程度覚えているのですが手話は全然だめで、当日はその先生が指揮も兼ねて歌を歌いながら手話をしてくれるので、それを見て真似しようと思っています。
さて今週も仕事が終わりました。明日はまた自己啓発と趣味そしてスポーツを兼ねて神戸へ行ってきます。それともう一つ行きつけの喫茶店でいま夢中になっているウエイトレスの子に会えるかもしれません。それが森高千里のふるさと熊本弁で言えば、「たいきゃ楽しみ」です。何のつながりもないのですが、あの江口洋介と結婚した元歌手の森高千里の「この街」っていう歌で、その「だいきゃ楽しみ」って言うフレーズがあったのをふと思い出して使いたくなりました。今頃その子も僕のことを思い出しているでしょうか。いつもいわれるんですがそう考えると世の中が思いっきり楽しくなります。究極のプラス思考です。何とかクリスマスまでには友達になって、クリスマスの夜は一緒にデートをして、生涯初の「メリークリスマス」を二人して言ってみたい気分です。
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2005.11.09 Wednesday
スポーツが再び出来る兆候
今日は仕事を終えた後、友達の家へよって将棋をして来ました。彼の実力は僕より格下で平手で勝ったことがないので、角と飛車二枚落として一局しました。しかしやはり平手にはない二枚落ち独特の戦い方を知らないので、途中こういったら僕のほうが危なかったのにと言う手は見えましたが、彼はそう行かず、位を取られやがては飛車角両方取られて負けました。ほんと将棋って奥が深いですね。そう偉そうに言っている僕も将棋クラブへ行けばその実力は下っ端のほうです。将棋の基本はやはり観察力と図晩構想力ですね。そして遊びながら頭のよい体操になるのだから、僕もいい趣味を持ったと自負しています。
さて僕の趣味は将棋と英語学習とNIE(新聞学習)です。これに加えて山登りと平地ウォーキングを加えたいところですが、スポーツのほうは腰を悪くしてからほんと出来なくなってしまいました。その分勉強に力を入れるようになりましたが、スポーツも出来たら文武両道、鬼に金棒ですよね。しかし最近少しづつではありますが、以前は体をそると骨盤に痛みが走りましたがそれも少しましになり、ぶら下がり健康器を使っての懸垂五回は出来るようになりました。ちなみに学生時代は十回を三セット、腕立て三十回とセットでしていました。ほんとあの頃は若かった。しかしあんまり四十にもなって、スポーツ、スポーツといっていたら同じ年頃の人間から、「スポーツのできひん俺らに対するいやみであり、冒涜じゃ」と言われるかも知れません。しかし時には若返って性欲まで充実してくるのは、スポーツの何よりのすばらしさですね。またせめて毎日十回懸垂が出来るような体に戻したいと思います。とにかく腰を痛めたのは去年の六月初めで、もうかれこれ一年半足らずの間、その痛みに泣かされ続けてきました。ところが昨日、一昨日から徐々に治りつつある兆候が見られ、一昨日から懸垂五回をまず目標にぶら下がり健康器に挑んでます。僕の好きな歌手である郷ひろみは、五十歳にして毎日のようにジム通いをしています。僕も見習わなければと思います。文武両道、晴耕雨読、今に始まったばかりでなく、昔から先人はその両立を図ることを重要と見ていたようです。僕も郷ひろみに比べて十歳も若い。まだまだこれからがんばろうと決意を新たにした今日でした。
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2005.11.08 Tuesday
悲しいこと
昨日は悲しいことがありました。このパソコンを買って三年間ほどほとんど毎日メールしていた先輩に、メールをすることを断られました。その理由は定かではないのですが、推測するに僕の大阪批判、神戸の礼賛に嫌気が差したようです。その人はちょうど真ん中の西宮に住んでいます。僕が一週間に三、四度神戸へ行きその大阪との人間気質の違いをうるさいほど表現し、読ませようとするところに嫌気が差したものと見受けられます。昨日書いたこととしては大阪は「芸は教えてもらうんじゃなく盗め」という言葉があるように、そのほうが受身ではなく積極的に学ぶと言う姿勢があって良いとも取れます。しかし人間生活には「盗む」と言うのと対極の「与えられる」、「教えられる」と言うことも必要です。盗むと言うことからは感謝と言う気持ちは生じず、実際は人からしてもらったことなのに自分でしたと言う傲慢や自信過剰を生みます。こういう前者の気質が大阪に多く、後者の人への感謝の気持ちは神戸のほうがよく持っているということをメールに書きました。確かに神戸を好む人からはなるほどと受け取られるでしょうが、大阪びいきの人からは「そんなことない」と言われるかもしれません。ひょっとしたらその先輩にも大阪の知り合いがいて僕が大阪人気質を批判するゆえ、偏向と言うか怖いものを感じ「こいつと付き合っていたら大阪人に嫌われてしまうぞ」と言う危険を感じたのかもしれません。僕自身中学から大学まで十年間西宮の関学で生活し、神戸、西宮を含む阪神間は地元大阪以上に親しみを感じている地域です。だからこの「取ったり、盗む」ばかりでなく、「与え、教えられよ」と言う言葉には、僕の大阪へのこうあって欲しいと言う何にもましての願いがあります。だからその先輩にも今すぐは無理ですが一週間ほど間を空けて電話し、何とか誤解を解いて仲直りしたいと思っています。
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2005.11.03 Thursday
ウエイトレス
今日神戸でいいことがありました。ドトールと言う喫茶店で、ぼくが狙っているウエイトレスが今日朝現れました。その喫茶は三階建てになっているのですが二階で僕が新聞学習をやっていると、私服で上がって来て食器を片付け始めました。そして食器を一階に下ろした後、その後制服に着替えて仕事に入るのかと思いきやその食器を下に下ろしに行ったまま、三階が事務所になりそこで制服を着替えるのですが、いつまでたっても上がってきません。多分僕が推測するに三宮へ誰かと遊ぶため朝出ててきて、シフトが夕方からでちょっと顔を出して帰るつもりで来て手伝ったのでしょう。しかしそこには僕が二階にいるかどうかということを見るためではなかったのかと思うのは手前味噌でしょうか。僕のほうを一度も振り返らなかったのですが、彼女のジーパン越しの尻や太ももを食い入るように見ていました。それを知ってか知らぬかは何よりも横顔に見えた彼女の「あたしを欲しい?」という不敵な微笑が全てを語っていました。これが女なのかと思う瞬間でした。しかしそういう無言のやり取りはしているのですが、まだ決定的となる実際の喋りにはいたっていません。しかし一つ一つではありますが、楽しい思い出は作っていってます。今度こそうまくいくのでしょうか。また何回この言葉を言ったことでしょうか。嗚呼彼女がこの僕のものになるのなら、どんな犠牲だっていとわないのにと思います。「このまま どこまでも 日々は続いていくのかな 雲のない星空が 窓の向こうに続いてる」と言うスマップの「夜空のムコウ」の心境です。思わず「あれから僕たちは 何かを信じてこれたかな 夜空のムコウには もう明日が待っている」と涙腺を潤ませて歌ってしまいそうです。時は1998年の大晦日紅白歌合戦のとりで、スマップが座りながらギターを持ってこの歌を歌っていたことを思い出します。その時はいまと同じように感動で涙腺が潤んだことを覚えています。僕も彼女を前にしてこういうちょっと臭いけど、ロマンチックな言葉を吐くことが出きるのでしょうか。
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2005.11.01 Tuesday
小泉首相追従
今日は仕事の休みの日で、神戸へ自己啓発と休養の意味で行ってました。まずドトールへ行って神戸新聞を読んでアンダーラインを引っ張り、ノート整理することから始まります。今日のメインニュースはなんと言っても第三次小泉改造内閣の成立です。官房長官に安倍氏、外務省に麻生氏、総務省に谷垣氏が選ばれました。きのうのニュースで小泉首相の記者会見を見ましたが,ほんと政治家と言うのは口頭弁舌がすごいですね。僕なんかいくら勉強してもかないっこないと改めて両手を挙げました。小泉首相はかっこいい。そのかっこいいと言うのは若い女性が夢中になるビジュアル的なそれではなく、知的にも勇気にも、情熱的にも男から見てかっこよさを感じます。一方で独裁的で和製ヒトラーと警戒する人もいますが、僕は過度の信頼を置いています。かつてこれほど強力なリーダーシップを誇り国民を納得させた総理大臣がいたでしょうか。僕も政治に興味を持ち出したのは、新聞にアンダーラインを引っ張ってノート整理しだしてからです。だからそれまでの総理大臣のことはよくはわからいながらの素人目でも比較しても、これほどまでに僕たち壮年や若い人たちを政治的熱狂に巻き込んだ総理をかつてみたことはありません。僕が歴代の総理の中で好きだったのは中曽根総理ですが、そのときのインパクト以上に小泉総理の存在感は大きいと思います。どうか小泉総理についていって、新聞を読み、ノート整理をして政治に一見識ある大人になろうと目標を持ってます。
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