バンババン

文章だったらそこそこの
ものを書けるのですが、
やれ画像やレイアウトの美
的感覚はゼロなので、これ
から向上してゆきたいと思
います。
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二人の女性
 今日は二ヶ月ほど前から行っている神戸の精神障害者のための自立支援センターで過ごしました。いま僕はそこで二人の女性に感じています。一人は美人でスタイルもよく元気がいいのですが、いかんせん極端に負け惜しみが強く、よく切れる子でとても付き合ってられません。しかし彼女には女の色気は感じます。だからもし仮にムコウから言い寄ってきたとしたらどうなっていたかわかりません。しかし今日僕の前でもう一人独特の個性を持った男の人に誘われて、途中でセンターから出てゆきました。これで事実上の二人の間の恋心の破綻となりました。これでよかったのです。これでもう一人のちょっと田舎臭い気はしますが、性格美人の女性に的を絞ることが出来ます。彼女は明日やってきます。だから僕も万全の準備をしてそのときに望みたいと思っているのですが、自然体のほうが反っていいのではという気もします。
さて彼女のためなら少々の苦労はしようと思いますが、僕が唱えている極め細やかなアホウ文化を否定し、軽蔑するような人ならば手を引こうと思っています。この極め細やかなアホウ文化というのは、悪がチェンジしてアホに改心出来る文化のことです。大阪では悪よりアホのほうが軽蔑的に見られる傾向がある。それが僕は気に入りません。だから悪よりアホのほうが重んじて見られるためにもアホウの見直しをしてもらいたいのです。ここでいうアホというのは知性を磨かない怠け者という意味ではなく、その生き方が悪を憎み正義を愛して、それを笑いで和らげるような性格のことをさします。もちろん知性は磨いて賢くなることはいいことですが、しかしそれが度を過ぎてずるがしこくなって人を騙したり、悪知恵を働かすようになるのはいけません。醜い利口よりきれいな馬鹿(大阪弁で言うとアホ)のほうがましです。最近の社会情勢でひとつ思うことがあります。巨人が交流戦を境に弱くなった理由です。それは東京の素直すぎる正義の思想が大阪的アホの思想を無視したせいだと思います。正義は人間生活のうえで非常に大切な思想ですが、その中で笑いやユーモア抜きのそれでは頭が凝り固まって、やがて自由に負けてしまいます。その中にユーモア、笑いが入ってこそ円滑に機能するのです。そのためには東京の侍社会ではわかりにくい大阪的アホになることが必要です。
 女性の話から長々とアホウという概念についての僕の意見を言わせてもらいました。明日はこのアホウの思想を引っさげてかの女性をゲットしに行きたいと思います。もちろん彼女も神戸の女性。ちょっとぐらい気取ったところと、意地悪なかわいさは尊重してあげるつもりです。しかしその対極にある大阪的アホウ思想も是非彼女にはわかって欲しい。そのためにはどんなこともいといません。ちょっとこんなに肩肘を張りすぎても逃げられそうですが、肩の力を抜いて自然体かつ、最大限の努力をしてきたいと思います。さて明日はどうなることやら。気力があればその結果をこのブログでお知らせします。
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