バンババン

文章だったらそこそこの
ものを書けるのですが、
やれ画像やレイアウトの美
的感覚はゼロなので、これ
から向上してゆきたいと思
います。
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ダヴィンチコード
 今日は作業所からのレクエーションで今大ヒットとなっている「ダヴィンチコード」という映画に行って来ました。僕は小学校六年間以外、幼稚園、中高大とキリスト教主義の学校で学んだので、キリスト教に対する知識はある程度あります。したがって「最後の晩餐」が何の時に開かれたのか、マグダラのマリアがどういったときに現れた人なのか、詳しくはわかりませんが前後関係でだいたいわかります。しかしイエスキリストに対して単に歴史上の人物であり、欧米人が唯一絶対の神とあがめることを知らない人たちにとっては、理解するのに難しい映画だろうと思います。一方製作者はフィクションとして作られた小説であり映画だといいます。しかしその中には見るものを「へえー」と思わせる歴史上の事実も織り込まれています。だから鑑賞者はフィクションとは思わず、これがキリスト教にとって新しく発見された新解釈として受け取られかねないと思います。それだからキリストを唯一絶対の神と崇める米国のクリスチャン組織からは、抗議の声も上がっているようです。最後の結末は、娼婦だったマグダラのマリアがイエスキリストの妻であって、その間に子を設け、その子孫がいまだに生きているということがわかりました。そしてその人物はこのドラマのヒロイン暗号解読官のソフィーという女性であることが証明されるのです。映画の中盤からなんとなくそういう虫の予感はありましたが、やはりそれが上記したようにフィクションでありながらも、ポイント、ポイントで歴史的事実であるかのように説得力を持って語られるので衝撃を隠せません。やはり世界的にも小説もベストセラーで、映画興行も大ヒットしているという前評判だけあって見ごたえ十分でした。それからこのソフィーというヒロインの幼少の頃にその家族を乗せた車が正面衝突してフロントガラスが叩き破られるシーンといい、銃撃戦のシーンといい、臨場感あふれるその音響は迫力あるものでした。しかしこの映画には娯楽エンターティーメントには必須の、セックスシーンは出てきません。そこが上記したようにますますフィクションではなく、発見された歴史の新解釈ではと聴衆を錯覚させることを手伝っています。僕も記憶力が落ちているので、帰りにパンフレットも買いました。それを読めばスクリーンと両方でさらに知的刺激に満ちたこの映画を楽しめます。しかしこのパンフレットなんと六百円もします。映画の料金は、僕たち障害者手帳を持っている者は特別割引で二百円では入れるのに、なんとその三倍の出費です。しかしそれだけ出してもこの映画とパンフレットには興味が惹かれ十分元は取れたと思わせられます。どうかこのブログを読んでまだ観られてない方は、この映画を見パンフレットを買ってみてください。きっとその日一日はこの映画のことで空想を楽しめますよ。
| バンババン | 映画鑑賞 | 20:46 | comments(0) | trackbacks(1077) |


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